アザンは宿を出るとまず、聖堂のある町の広場へ向かった。

 ルージェンが何も食べないので、新鮮な魚やイカやタコを広場の屋台で買ってみた。モルドーの城下街では燻製か干した魚、貝類しか食べられない。

 ルージェンから城へ帰るように言われても、アザンには、ルージェンの傍を離れることは考えられなかった。

 それから、海の風に当たりながら、漁村へ下る坂を歩いた。雨から身を守るための雨具も、風が強いので、時々フードで視界が狭くなる。マイカの村も、アザンが生まれ育った漁村と同じく、歩いて15分くらいいで一周出来てしまう集落だった。マージルから教えられた道筋を辿って、冷たい海風から村を守る防風林沿いの道を歩いて行くと、村の外れの魔女家はあった。テラスに掲げた『薬草売ります』の文字板が寒風に吹き晒されていた。テラスに足を踏み入れて、木戸を叩くと、女が中から顔を出した。その魔女は母のマ-ジルより若いが、髪が真っ白だった。きつい印象だが、整った顔立ちをしている。女が言った。

 「今日はこんな天気であいにくだけど、晴れていたら、テラスに商品を並べていたのに」

 アザンは魔女を試してみることにした。

 「僕は旅の者です。主人に命じられて、道中入用の薬草を買いに参りました」

 「どうぞ、お入り」

 家の中には暖炉に火が燃え、テーブルの上には乾燥させた薬草や小瓶が並んでいた。アザンはその中の一つ二つ、手に取って、魔女に代金を支払った。

 「客人、あんた、薬草の知識はある程度あるんだね」

 「ええ、まあ」

 代金を受け取ってから魔女が言った。「星の占いもやっていかないかい。特上の薬草を買ってくれたから、占いは無料でいいよ」

部屋の奥の丸いテーブルの上には、星の占いのための本と用紙が置かれてあるのを、アザンは認めた。

 「では、御願いしましょうか」

 丸いテーブルを挟んで二人は座った。魔女はアザンの生年月日を聞くと、本を見ながらアザンが生まれた日の星の配置を計算して、天宮図を描いた。その間アザンは城で、科学のザリク先生が、星の占いは科学ではないとアザンの質問に答えたのを思い出していた。科学とは、何回も実験などで実証されたものだから尊い真実なのだと、ザリク先生は語った。

 母のマージルもそうだが、魔女は薬草を売る他に占いをして生計を立てていた。中にはハッタリが上手いだけの商売上手もいると聞く。

 「お若いの、あんたは今、恋愛が成就する星回りに来ているね。頑張ればあんたの恋は叶うよ」

 母のマージルが占いをする相手とのやりとりを思い出しながらアザンは聞いた。

 「では、僕の思い人との相性を占ってもらえますか?別料金で?」

 「いいや、金はいいよ、その女の生年月日を教えておくれ」

 魔女は再び、ルージェンが生まれた時の天宮図を計算して、アザンとルージェンの天宮図を見比べて言った。「あんた達は夫婦にぴったりの相性だね。なかなかない、互いの太陽と月がかなりタイトに重なっている。恋人同士としても、互いの金星と火星が激しく求め合う。時にぶつかることはあるけどね」

 アザンは笑い出した。「僕はアザンと言います。レイベン初めまして。マージルの息子です。母に教えられて貴方に会いに来ました。貴方は母から、何か僕について聞いているのでは」

 レイベンという魔女も微笑を浮かべてアザンを見た。

 「多分、マージルの息子だと思ったんだ。マージルからあんたが、王子だか王女だとかに熱を上げているとは聞いているよ」そう言って悪戯っぽく笑った。

 外はまだ小降りの雨が降っている。

 「ちょうど、昼の仕度が出来た所でね。良かったら、食べていかないかい」

 「では、レイベン、有難く、頂戴いたします」

 レイベンは占いの道具を長椅子に移すと、釜戸の近くへ行って、スープが入った皿を二つ運んできた。

 「マージルも、まだ星の占いはやっているのかい?」

 「ええ、でも今は、モルドーの街の友人相手にやる程度です。母は、占いで料金を取っていた時から、天宮図に悪い結果が出たら言わない主義でした。こうしたら、という助言程度で」

 二人は狭いテーブルで対面して食べ始めた。

 「私もそうだよ。占い師としての流儀だね。人間は弱いから、言われた結果に左右されちまう。私に出来るのは、本人から悩みを聞きだして、天宮図を読み、解決方法を探って、本人が望む方向へ導くことさ」

「失礼ですがレイベン、貴方は何故魔女になったのですか」

「そうだね、私も魔女とはいえ、女だったね、この年になると忘れちまう」

「レイベン、貴方は充分美しい。貴方を慕う男もいたことでしょう」

 レイベンはその質問には答えず、自分の生い立ちを語った。

 「私はこのマイカの隣村で生まれたんだ。父親に虐待されていてね。助けてくれっていつも、心の中で叫んでいた。そしたら、この村の魔女がある日家に来て、私を育てさせてくれないかって、父に言ってくれたんだよ。私をこの家に連れて来てからその魔女は言った。私の心の声が聞こえたと言う。お前には力があるからそれを伸ばしていくようにと言われた。魔女とは二十年近くこの家で暮らした。彼女が亡くなるまでね。それから精進して思念は送れるんだけどね・・・交信するには、相手にそれだけの強い力がないと届いてこないし、読み取れないから難しいんだ。読心術は出来ないんだよ。私が小さかった頃は、男と結婚せず家庭も持たずに魔女になる女なんか馬鹿にされたもんだが。もっとも、今じゃ、家庭を持っている魔女もいるが。色んな生き方が許される自由な世の中になった」

 「レイベン、ぜひそのテレパスを今僕に届けてくれませんか。貴方を疑うというより、これは、一国の一大事を任されたことなので、御願いするのです。魔女の中には、読心術を使う者もいるというが、ハッタリが多いと聞くので」

 レイベンが黒い瞳でアザンをみつめてから言った。

「悪いね、アザン。テレパスは何度も祈って、ようやく届くもんでね。魔術師達に連絡を取った時も、精神を集中して苦労したよ。幸い返事は返って来たけれど」

 レイベンは自分の食べ終えた皿を持って立ち上がった。

 「マージルの頼みだから聞いたけど、私も王族なんか大嫌いさ。ルジン王が身分制度をなくしたとはいえ、どれだけ私達魔女が男達から軽蔑されてきたことか」

 アザンは幼い頃からマージルの立場を見てきたから何も反論は出来なかった。

 「ねえ」レイベンの黒い瞳がアザンを見据えた。「アザン、あんたはあの王女とやらが好きなんだろう?力を貸してあげようか。自分のものにしてしまいなよ。マージルの手紙にあったけど、随分世間知らずの王女様らしいじゃないか。格好つけて王子の姿をしていても、しょせん王子の役割から逃げ出したいから死者の国へ行くだけなんじゃないのかい。アザン、好きなら、自分のものにしたらいい、身分なんて関係ないんだろう、このご時世じゃ」

 アザンは何も言えずにレイベンの冷たい瞳を見た。

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