「すごいわ、ルージェン」  

「貴方が13歳でバルモと婚約した時から、作りあげました。薬師のシェインや、科学のザリク先生や、サホン卿の助言を戴いてね」

 「ありがとう、ルージェン」アンシアがルージェンに抱きついた。「いつも部屋に籠って何か薬を作っているとは聞いていたけど、これのことだったのね」

 ルージェンは自分の唇の下に触れる妹の豊かな黒髪を撫ぜながら言った。

 「私はずっと貴方のことを案じていました。本来、双子の兄が死ななければ、私がバルモと結婚する筈だったのに。貴方にこんな辛い思いをさせてしまうなんて」

 「あら、ルージェン、バルモは誰にも渡しません。彼だって、ルージェンより私の方がいいに決まっている」

 わざと明るく振舞うアンシアの言葉にルージェンは泣き出してしまった。顔を覆って泣くルージェンの身体を支えながら、アンシアは一緒に椅子に座った。しばらくルージェンが落ち着くのを待って言った。

 「ルージェン、アザンは大丈夫よ、貴方にぞっこんだから」

 「アンシア、またふざけて」アンシアが差し出した布で涙を拭いながらルージェンが言うと、

 「だってアザンは夜も眠れないくらい貴方に夢中よ。彼と話してわかったの」

 「何を言い出すの、アンシア、アザンと一体どんな話をしたのですか」

 「知りたいのなら、ルージェンも白状するのよ。私とアンジリーカは、将来アザンをお兄様と呼ぶ日がくるのかしら」ふざけているようで、アンシアの瞳は真剣だった。

 「アンシア、私は二人の妹を政治のために結婚させるのですよ。その私が個人的な感情で誰かと結婚すると思いますか」

 「つまらないルージェン。いつもそんな風に固いと殿方にもてないわよ。いいわ、私もアザンと何を話したか言わない。道中アザンと話す時間は充分あるでしょう。彼から聞いてね」

 「困った子」

 「アザンとの約束は何時?」

 「明朝5時」

 「それまでここで休んでいかない?昔みたいに一緒に寝ましょう」

 アンシアは衝立の奥の洗面台に向かって、寝る支度を始めた。

 ルージェンはアンシアと侍女達が縫ってくれたドレスを身に着けてみた。

 アンシアの等身大の鏡に映る自分は、柔らかい布に胸の曲線も出て、髪は短くても女にしか見えなかった。

 「こんなドレス、いつ着ればいいのですか」

 「アザンに見せるのよ」

 「アンシア!」

 衝立の奥でアンシアが笑い転げている。ドレスを脱いで、シャツ姿のままルージェンは妹のベッドに入った。衝立から出て来たアンシアの、化粧を落とした顔は幼くて、髪をカールさせるためのリボンをいくつも付けている。

 「アンシア、その姿はバルモに見せない方がいいかも・・・」ルージェンは気後れしながらも、妹に忠告した。アンシアは絹布団に潜り込みながら言った。

 「私のこの姿も可愛いって、バルモは言ってくれたわ」

 「え・・・。貴方達、もしかして、一緒に寝ているのですか」

 ルージェンは驚くが、アンシアは悪びれた容子もなく言った。

 「夜ぐらいよ、バルモと二人っきりで話しが出来るのは。初めは寝室にもお付きの人がいたけど、頼んで追い払ってもらったの」

 「でも、まだ結婚していないのに」

アンシアは布団の中でくすくす笑っている。月明かりが差し込む窓を見上げながら、ルージェンは森の中でアザンが両腕を広げて自分を抱き寄せようとしたのを、思い出した。

アザンの馬鹿。馬鹿は今頃どうしているのか、疲れたルージェンは眠りにのまれていった。

夜明け前、旅装束を着込んだルージェンは、まだ眠っているアンシアの顔を覗き込んだ。

「必ず、この国へ帰って来て、アンシア」

城の中庭で、篝に照らされた人々の群れを避けて、決められた時刻に厩へルージェンは行った。すでに二頭の馬は簡備な荷物を乗せて、アザンも待っていた。

「眠れましたか、ルージェン」

「少し。お前は」

「街の祭りに参加した後、少し仮眠しました」アザンの笑顔を見ると、ルージェンは幸せになる。

アンシアの言葉が気になって、アザンにそれ以上何も言えず、二人は静かに城の裏門を出た。

地平線に朝日が昇る頃には、草原の中、西カリムへ続く街道を二人で馬を走らせていた。

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