そういえばアザンは、15分の休憩中に、ルージェンの馬ブルトーの荷物を軽くして、アザンの馬フルーの方へ荷持を積み直していたのを思い出した。「アザンの馬鹿」フリムがいなければ、大声で叫んでいたのに。ルージェンの顔に感情が出ていたのか、フリムが言った。

 「王子、私が追って、アザンを説得しましょうか」

 「必要ない。一刻も早く城へ帰ろう」

 ルージェンはモルドーの方へ馬を向けて走り出した。

 

 夜、宿場町で、馬を休ませて、二人は夕食を摂ることにした。席に着くとすぐにルージェンから問いかけた。

 「フリム、お前は将来どうしたいのだ?本当の気持ちを聞かせてくれ」

 「王子、僕は敬愛する恩人、亡きルジン王の御意志に沿います。僕は王が望まれたように、才能ややる気があっても、教育や機会に恵まれない民がいなくなるように、この国のために知識の宮として尽くしたく思っています。優秀な技術や知識、文化を持つ人材がいれば、異国の大国に負けることはない、僕はそう信じて、自分の努めを果たします」

 「良かった、他の王族も、お前に期待している。フリム、もし、我が国とミシュナ国が戦争になったら、シャリム国はどう出てくると思う」

 フリムは鮮やかな緑の瞳でルージェンを見据えて言った。

 「シャリムは大国だから、自らは手を下さないでしょう。シャリム国は我が国とも、ミシュナ国とも同盟を結んでいるから、戦争に勝つ見込みのある方に結局はつくでしょう」

 「私もそう思う。フリム、もし我が国とミシュナ国の関係があやうくなったら、何より優先してサミュンをこの国まで連れて帰ってくれ」

 「と言いますと?」

 「フリム、お前の今の務めは、シャリム国へ行って、先進文化を吸収すること、サミュンの命を守ることだ。お前にとっても、シャリム国での勉学は、必ず、将来お前の仕事に役立つ」

 「僕が?」

 「お前以上のこの適任は居ない。私からサホン卿に頼む」

 「身分の卑しい僕が」

 「お前も知っているように、サホン卿の後妻になったエミル夫人は侍女をされていた方だ。サホン卿は身分など気にする方ではない。サホン卿も賛成されることだろう。サホン卿は王の姉上、アザリア王女の夫として、シャリム国から来て以来、故国の進んだ文化や軍事面を紹介して下さった方だ。そして、我が国の軍隊の礎を造って下さったのも、サホン卿だ。私は、お前にも、そんな役割を期待している、フリム」

 フリムは笑顔を見せた。

 「光栄です、王子。このご恩は一生かけて、この国に尽くすことでお返し致します。ところで・・・僕はアザンに命を助けてもらった。王子、貴方は多分、アザンに魂を救われたのではないでしょうか。失礼ながら、彼と居る時の貴方は、女性として幸せそうだ。どうか、御二人で、死者の国から、無事に戻って来て下さい」

 「有難う、フリム」 

 

 夜の闇が広がる宿の窓辺で、フリムと二人で座っている。アザンに出会う前のルージェンなら、フリムを前にして、もっと固くなっただろう。一歳年下のフリムは、理想の男性だった。しかし、アザンに感じる抱かれたいという感情は持ったことがない。それは、フリムが、女としてルージェンに関心を持っていないと理解していたから。そして、やはり、男の欲望が一転すると、女を道具のように扱うという先入観を持つルージェンにとって、フリムの男らしさが、信頼して身を任せることが出来ない不信感になっていた。

 

 「僕はあの子が好きだよ。あの子なら僕を裏切らないと思えるからね」

 幼い兄の言葉が思い出された。ルージェンは、男も、信じることが出来る女性を求めているのは同じなのかもしれないと気付いた。いや、男であれば、女以上に女性の愛情と支えを失うと、生きる活力までなくしてしまうかも知れない。

 「僕にだけ尽くしてくれる女性が理想」・・・だから、サミュンなのだろうか?

 「フリム、こんなことを聞いていいのかどうか」

 「どうぞ王子、僕に遠慮はいりません」

 「何故、サミュンに惹かれた」余りに率直な言葉に、自分自身愚かしく思えたが、フリムは全く悪びれた風もなく言った。

 「サミュンはいつも笑っているでしょう。彼女の穏やかな笑いは、アンジリーカのような華やかさはなくても、時に天気が荒れることもない。だから、僕は彼女の笑顔に励まされます。時々彼女に、また愛想笑いでごまかして、って言ってやるんですけどね」

「サミュンはどうしていつも微笑んでいられるのか、私も考えたことがある。彼女は欲がない人だ。小さなことに満足して喜ぶ。だからだろうか」

 フリムは何も言わなかった。

 客が混んでいて、まだ食事がこないので、ルージェンは言った。

 「失礼して、服を着替えてくる。空いている部屋を借りるから」

 外套の下のドレスは、ブーツを履いていても、素足に風が通って寒いものだった。