大好きなフリム
私は今こう考えています。失恋に効果があるのは、好きな人よりも少しでも多く自分を好きになることだと。
私は貴方よりも自分を好きになります。貴方が居ない自分の未来を好きになります。
私には信仰心がないから、来世は信じられません。でも今は、来世を創りあげてでも、もしも今度生まれてきたら、その時こそ貴方と生涯を共にしたい、と願うしかありません。
今の私は、王族の娘としての務めを果たします。
どうか私のいない未来を、貴方も楽しく生きて下さい。
アンジリーカ
パルミが言った。
「まあ、なんて可愛い手紙。さすがにわたくしの娘ね。わたくしも、エルマーの王宮に嫁いでくる前、好きだった人に、来世は一緒になりましょうと書いてきたのよ。おかしなものね」
アンシアが微笑した。
「お母様、もし来世があったら、お父様と一緒になるわよね」
「それはどうかしら・・・返答に困るわね。娘のお前達には言えないわ」パルミは笑みを浮かべて、続けてアンシアに聞いた。「この手紙をまだ図書室に居るフリムに届けるのですね。あの子は適当にあしらってくれでしょう」
「来世は一緒になろうとか?」
「さあ、フリムは嘘はつかない子だから」
アンジリーカの手紙を手にして、三人は声を上げて笑った。
成人式も済み、西カリムへの旅の準備も揃えた。
モルドーの街の広場では、一晩中篝火が灯され、祭りが繰り広げられた。花火が上がるのを、川に出したカヌーから眺めて楽しむ者もいた。
ルージェンはアンシアの部屋を訪れた。夜が明けたら、明朝5時に城の厩でアザンと待ち合わせてある。西カリムへ旅立つのだ。アンシアも、ライモンとアンジリーカが乗る船でミシュナまで送られることに決まった。これが、アンシアと会う最後の夜になるかも知れない。
ルージェンが部屋に入ると、アンシアが一人、婚礼衣装を身に着けて椅子に掛けて待っていた。アンシアの女らしい丸みを帯びた腕を出したシンプルなドレスで、裾はレースが床に流れるように広がっていた。落ち着いた薄い青色の布地は、アンシアの黒い髪と青い瞳を際立たせていた。
「美しいアンシア。その上センスも良くて。バルモは幸せな人」
「ルージェンにも縫ったものがあるのよ。侍女達も手伝ってくれたけど」
アンシアが、テーブルの上に置かれた生地を拡げて見せた。ル-ジェンのブルーグレーの瞳と同じ色の、異国風のドレスだった。「帯を締めなければ、ガウンの代わりにもなるから」
旅の安全を考えて、男の格好で行くのに、と内心思いながらも、ルージェンは礼を言ってから、後に持っていた両掌に納まる宝石箱を差し出した。
「アンシア、貴方に」
宝石箱を開けると、首飾りと懐中時計が一つずつ入っていた。
「貴方とバルモのために造らせたの」
「まあ、素敵」
首飾りと懐中時計は宝石で飾られていて、時計にはバルモの名が、首飾りにはアンシアの名が入っていた。時計の裏側と、首飾りのロケットには、蓋を開けると中に粉が入っていた。
「この粉は、殆どの毒に反応して、変色するから、必ず、食事に招かれた時は、栄養剤だとか言って、食べ物や飲料水の反応を見なさい」
予備の粉は宝石箱の中蓋の下に入っていた。