午後はいつもの機織ではなく、明日の成人式の準備だった。ルージェンの18歳の誕生日でもある。従姉妹のサミュンが18歳を迎えるのは、ふた月後だが、二人揃って城の中庭で内々に執り行うことになった。富裕な商人達を招待することもなかった。その晩は城の中庭をモルドーの町人や農民、陸軍の学生達に開放して、翌日は休日となる。夜通し民衆は祭りを繰り広げ、楽しむだろう。

 成人式が済めば、国中に送られた使者達が王令を発布する。国中の町や村で王令が掲げられる。

 

  新年を迎えたら、エルマー国王として摂政ルゴス卿の子息ライモンが新王として戴冠式を行い、アンジリーカ王女との婚約式も執り行う。アンシア王女は隣国のバルモ王子と婚礼を執り行う。

  ルージェン王子は亡きアザリア王女の遺志を継いで、癒しの宮となり、死者の国へ旅に出て、この国に癒しの術を持ち帰る。

 

 という内容だった。

 アンジリーカは姉のアンシアが考案した、ルージェンとサミュンの名前が入った焼き菓子を、料理人達と城の厨房で作るのを手伝った。焼き菓子は城を訪れた民に配るのだった。

 その晩の夕食は、ライモンとアンジリーカのみが無言といういつもとは正反対の席になった。夕食を城ですませるフリムは、普段と変わらない態度だったが、賢い彼なりに、王族達の様子に、何か察しているようだった。

 夕食後、アンジリーカはアンシアの部屋に姉と一緒に籠ってしまった。年子のこの姉妹は、生意気なことを言って姉をからかうアンジリーカが、まれにふさぎ込むと、アンシアに慰めを求めるのだった。

 

ルージェンは、気分をリラックスさせる薬草の茶を入れたポットにカップを二つ銀盆の上にのせてパルミの部屋を訪ねた。

 パルミは机に向かっていた。アンシアの婚礼の件で、カリモ王子に手紙を書いているのだ。カリモに届くかどうか、彼が読むかどうかも分からない手紙を何通も書いてきた。

 「母上、お疲れでしょう」

 パルミはルージェンが茶を置いた来客用の椅子とテーブルの方へ移った。ルージェンが勧めたカップに一口つけた後、言った。

「ライモンなら安心してアンジリーカを任せられるわ。それに比べると、アンシアが不憫でなりません。ミシュナは一夫多妻だから、兄弟同士の王権争いは続くし、兄弟とはいえ、別の乳母に育てられるから、バルモにとっても、異母兄弟のカリモは他人同然。あんな王宮にアンシアを送るのは、胸が痛みます」

「母上、私の我を通してしまって申し訳ありません」

「今更何を言うの、ルージェン。貴方はわたくしの言うことなど聞かないじゃありませんか。貴方の頑固な処はアザリア様そっくり」

「アザリア伯母様は体の弱い兄をよく見舞ってくれました。私はアザリア伯母様みたいになりたいとずっと願っていました。その願いが適えられて嬉しいのです」

「貴方は王子としての役目を充分果たしてくれましたよ。ルージェン、アンシアやアンジリーカの婚儀の準備や手配はわたくしがしますから、貴方は西カリムへ行く準備は終えたのですか」

「明日の成人式までには終わります。夜明け前に立ちます」

「アザンを連れて行くのね」

「はい、母上」

「お前は大そうアザンを買っているようね」

「アザンは国中を旅回りしてきた経験上、道案内人として最適なのです。この国なら、ほぼ、どこでも廻っているのですよ」

「アザンときたら、最初に会った時はまともな挨拶も出来ずに、背ばかり高くて、女の子みたいな印象がしたものですが」

「母上、アザンは言うべき時には、はっきりと自分の意見を言える男です」

「そう、アザンの意見ならお前はいうことを聞くの?」

「そんなわけでは」

戸惑うルージェンの顔を見ながら、パルミは声を立てて笑い出した。

「まあ、ルージェン、貴方ときたら、年頃の娘のような顔をしているわ。あら、もう18歳ですものね。充分年頃だったわ。素敵な女性だし」

「母上、私をからかって面白いのですね」

 目を伏せてカップの茶を飲んでいるルージェンを見ながら、パルミは思った。この娘はまだ男の一面を知らないから、アザンと二人きりで旅に出ると決めているが、若い男女が二人きりで旅をしたら、どうなるものか先は読めていた。

「死者の国へは、アザンは連れて行かないのですか」

「西カリムへの道案内だけです。アザンは城へ帰します」

 あえてパルミは何も言わなかった。ルージェンの頑固さはよく理解していた。

 その時、部屋の扉の向こうでアンシアの声がした。

 「お母様、ルージェン」

 「お入り」

 アンシアが扉を開けて二人の傍に立った。

 「アンジリーカは落ち着いてきたけど、この手紙をフリムに渡すように頼まれて。あの子には悪いけど、私の一存で決めることではないと思って」

 封印もしていない手紙を取り出すと、パルミは手に取って読んだ。

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