城での夕食は今夜もアンシア、アンジリーカとアザンだけだった。

 夕食後、アンシアは自分の婚礼衣装の仮縫いを侍女達と始めた。バルモ王子との婚儀が近いのだろうかとアザンは考える。

 アンジリーカは、従兄弟のライモンから課せられたらしい数学の数式を、机に向かったまま金色の頭を動かさず、一心に解いている。食事中も上の空だったくらいだ。

 二人共、アザンの存在さえ忘れているようだ。

 アザンはルージェンは今どうしているのかと考えてしまう。

 今夜は星空が美しかった。

庭に出て、一人三絃を弾きだした。ルージェンを想うと、自然に曲が絃を操る指の間から流れてきた。

 その時、ルージェンの部屋の灯が点いた。

 アザンは部屋の下へ行って、先ほど創った自分の曲を奏で始めた。窓が開いた。ルージェンが二階の窓から三絃を弾くアザンを見下ろしている。曲が終わるとルージェンが毛織物を一枚下へ投げてよこした。

 「アザン、風邪をひくぞ」

アザンは温かい布を受け取って、自分の身体を包むと思わず笑ってしまった。ルージェンの顔を見ることが出来て喜びを感じた。

 その時、ルージェンの背後に立ったライモンが拍手をして言った。

 「素晴らしい音色だね」

 ライモンの肌は浅黒く、短く刈った髪は黒く縮れている。ルージェンの背後に立つと、背丈も肩幅も、ひとまわり大きくたくましいのが分かった。

 ルージェンが言った。「アザン、明日の午後は私達と一緒に狩へ行こう。僧院の仕事はよい。一度、ライモンの狩の様子を見ておいて欲しいのだ」

 「はい、王子」

 「アザン、身体を冷やさないように」

 ルージェンはそう言って窓を閉めた。

 ライモンと二人で話しているのだろうかと思う。どんな話をしているのか、自分は僧院の仕事の話は出来るが、政治や国家間の関係については何もルージェンと話せないのだ。ルージェンの部屋を見上げる目に涙が滲んだ。

 幼い頃アザンは、どうして人間は不平等なのかとマージルに訴えた。マージルは人にはそれぞれの定めがあるのだと言った。生まれ持った定めを背負って生きていくしかない。アザンは、幼い頃のように不平等に泣いた。手の届かない王族を想う自分の身分の低さに泣いた。