長年兄を務めてきた私のお姉さま

 

 ルージェン、まず、フリムのことを書いておきます。

 フリムは、「自分には、やりたい事もやらなければならない事も沢山ある、だから安心して仕事に専念出来る、自分にだけ尽くしてくれる女性が理想」なのだそうです。でもそれって、まるで私が貞淑じゃないみたい、失礼な奴。フリムのことは、頭を冷やしてみます。そして、時間がたてば、自然消滅かな?

 ルージェンは今どうしているのかしら?

 お母様から、私がルージェンに手紙を書くように命じられました。私は今、お母様と共にルゴス卿の城があるノルディー港にいます。お母様とシューリー様は戴冠式と婚約の儀の準備に忙殺されています。戴冠式用にお母様が選んだ古臭いドレス、親孝行だと思って全て任せています。だってお母様、アンシアと別れる時、何も言えず、ただ泣いてばかりで、お父様が死んだ時みたいになるかと心配だったんだもの。

 アンシアをミシュナ国なまで送って行ったのは、私とライモンとお母様だけでした。ルゴス卿は、急遽用事があって、サホン卿とシューリー妃と供に別の船でシャリム国へ行かれました。ライモンに、「お前の手腕がどこまでミシュナ国摂政、ナジャリ公に通用するか、結果が楽しみだ」と言い残して。

 まず、アンシアを、バルモが住む第二宮殿へ送っていきました。バルモは19歳になりました。以前会った時の面影もなく、背も伸びて、青年です。でも穏やかな処は変わりません。アンシアも、バルモの顔を見て、ようやく緊張がほぐれた笑顔を見せました。

 それから私達、お母様とライモン、私は指定された時刻にナジャリ公爵とカリモ王子が居る第一宮殿に向かいました。

 ナジャリ公の長々しい社交辞令の後、話し合いが始まりました。お母様は甥のカリモ王子に会いたいと言ったのですが、ナジャリ公は「王子はとても繊細な方で、ささいな刺激が負担になって、後で寝込んでしまうのです」の一点張り。そしてバルモが書いた、王位継承権を捨てると言う書面状を見ても、「アンシア姫には、ぜひこの国の世継ぎを産んでもらわねば。カリモ王子は結婚はしないと仰られているのですから」ですって。もしアンシアがバルモの子供を産んだら、アンシアもお腹の子も、バルモもナジャリ公に殺されることでしょう。カリモ王子の同腹の妹、カリナ王女がナジャリ公の息子、バシアと結婚して、一歳になる男の子がいます。おそらく、ナジャリ公の画策でその子がミシュナ国の将来の王となることでしょう。バルモの下にも、バクス第四王子がいるけれど。

 ライモンが言いました。

 「もしアンシア妃に御子が生まれたら、エルマー国の世継ぎにお迎えすることもお考え頂きたい、ナジャリ公」

 「それはそれは・・・」

 ナジャリ公は横目で私を見てから、「お美しい婚約者の姫君との間に沢山の子宝に恵まれるでしょう」

 「恵まれるかもしれないし、恵まれないこともあります。ナジャリ公も御存知のように、我が国は一夫多妻や、愛妾は許されておりません。それに、ルージェン王子は死者の国へ旅立たれてしまった。御国はすでに、カリナ王女がお産みになった子息がおられるではありませんか」

 「まあ、お互い焦らず考えておきましょう」

 ナジャリ公が愉快そうに笑った時です。続けてライモンがナジャリ公に、新王である自分の母がジェンナ国王の妹で、ジェンナ国王の許可により、今後シャリム大国への貿易はジェンナ国の陸路を使って行うので、もうミシュナの海域を侵すご迷惑はかけることもないでしょう、と告げました。その時のナジャリ公の顔ときたら・・・動揺していない風を装いながらも、愛想笑いの唇はひくついていました。その上、ライモンは、シャリム国王の弟君サホン卿が、シャリム国と同盟を結ぶ特使としてシャリム国へ渡ったことも告げ、言外にナジャリ公に警告を発したのです。無論、すでにミシュナ国はシャリム大国と同盟国ですが、亡きミシュナ国王の第一夫人はシャリム国王の妹君だった。国王と第一夫人と、その間に出来たクレモ第一王子を暗殺したのが、おそらくナジャリ公だという評判はシャリム国にも届いているのです。それに、ナジャリ公が後継人をしている、第二夫人の子、カリモ王子とカリナ王女はシャリム国の血を引いていないのですから。

 お母様はカリモ王子への手紙をナジャリ公に託して、私達はアンシアが待つ第二宮殿へ帰りました。翌日、カリモ王子は気分がすぐれないので、会うことが出来ないという返事が届きました。

 結局、カリモ王子にも会えず、バルモの王位継承権離脱も受理されませんでした。バルモの花嫁、アンシアは大事な人質ですものね。

 アンシアとバルモがミシュナの港から見送る中、お母様は船尾で泣くばかり。泣きすぎて卒倒するかと心配したくらいよ。ほら、お父様が突然亡くなられた時みたいにね。アンシアが可哀想で私もお母様と泣いてしまいました。アンシアは13歳でバルモと婚約してから一年の四分の一はこうして、たった一人でミシュナ国で過ごして来た。確かに、ミシュナ国の宮殿は贅を尽くして、華やかだけれど、その表面の裏は、とても残酷な国です。お母様の兄王がいらっしゃった時は、新年の挨拶に伺うと、暖かく宮殿でもてなしてくれたのに。私が知っていたミシュナ国とは変わってしまった。悲しくてたまりません。

 お母様と二人で泣いて船室に戻ろうとした時、ライモンが、「ルージェンから君に渡すように授かった」と、父王の形見の短剣を差し出しました。この短剣は、直系の王族の証として私が持つべきだと貴方がライモンに頼んだそうですね。

 この時、私は初めて、ライモンの瞳ににじむ涙を見ました。

 彼はこう言いました。「君がフリムのことを忘れて、私との結婚を心から受け入れてくれた時に渡そうかと考えていたけれど・・・私は君にふさわしくない」

 私はライモンに言いました。 

「ライモン、貴方がこんなに異国や航海術について詳しいなんて・・・。私は貴方のことを知らなかった。今度貴方が異国へ行く時は、私も連れて行って」

 彼は私が知らない沢山のことを知っています。彼から教えてもらいたいことも沢山あります。

 ルージェン、私、田舎の城から脱出できて良かった。

 私は、アンシアを人質にして、ライモンとお母様を軽んじたミュシュナ国をいつか見返してやる。そのために、ライモンと手を組んで、貿易と外交に努めます。

 それで今、シューリー様からジェンナ国へご挨拶に伺った時の作法を教わっているのだけれど、大変なのよ。ジェンナの国では、国王を前にして、長ったらしい口上を述べてから、国王に椅子に座るよう勧められたら、二度辞退して、ようやく三度目に座るのが国王への忠誠と国王からの信頼の証らしいわ。三度まで国王が椅子を勧めてくれなかったら、国王の信頼が薄らいでいることを示すらしいの。でも、これらの型にはまったマナーも、互いの本音を悟られずに本心を探り合うには良い口上書きらしいわ。ジェンナの王宮も一筋縄ではいかない所らしいです。シューリー様は中々厳しいお姑様になりそうです。でも、ライモンを私の方につけておけば、恐れるに足りません。

 ああ、私、ライモンに言ってしまいました。貴方と結婚はするけれど、夫婦みたいになるのは考えられないって。そうしたら、彼ったら、「君が私にキスしたくなるまでずっと待つよ。私の、魅惑の黒い唇にね」ですって。ライモンって、時々、自信過剰になるでしょう。おかしいわねぇ。私がライモンの唇にキスしたくなる日がくるなんて思えないのよ。そのことをお母様にも相談したら、お母様ったら、「お前、そういえば、まだ月のものがなかったわね」ですって。

 月のものと、私がライモンの黒い唇にキスしたくなるのと関係があるの?お母様って、時々わからないわ。でも、良かったわ、お母様が倒れこまなくって。アンシアの婚礼に関われなかった分、私の婚礼に向けてお母様は張り切っています。

 ともかく、ルージェン、安心して。戴冠式も婚礼式も、新年が明けたら、ここ、ノルディ-港で執り行われます。

 アザンに宜しくお伝え下さい。気難しいルージェンのお守りをよろしくねって。

 

                        貴方の妹 アンジリーカ

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