愛しいアザン 

 

 私が貴方を好きになったのはいつの頃だったかを書き留めておきます。

 貴方は旅の音楽師として私の前に現れた。私は貴方の薬師としての力が必要でした。貴方は王族学院へ入って来てからも、皆との学力の差に卑屈になることもなく、頑張っていました。でも、貴方を特別意識したことはなかった。

 貴方はアンジリーカを密かに想っている。男であの子に心を奪われない人はめったにいません。

 貴方への見方が私の中で変わったのは、任せていた僧院での仕事ぶりが信頼出来るものであったのは勿論ですが、私が自分に課せられた荷の重さと自分の無力さに泣いた時です。

 貴方は静かに傍に居てくれた。

 あの夜、一つの毛布に包まって、貴方の横に座っていた時、私の体に不思議な変化があったのです。女であることが好きではなかった私が、女として横に座る貴方の体を意識したのです。初めて女になれたと言えるかもしれません。きっと、酒の酔いも手伝っていたのでしょうね。そして、二日酔いの私を翌日待っていたのは、貴方が僧院の子供達を指導するコーラス。貴方の指揮ぶりは、子供達の良さをサポートして引き出しながら、全体を上手くリードしていく力があった。私が気づかなかっただけ、貴方は目立たないけれど、さりげなく人を支えてリードしていく人なのだと、この時わかりました。

 父の墓の前で、王家に生まれたくなかったと言う私に、貴方は民がどれほど苦しい思いをしているのか知っているかと諌めた。

 マリメラおばさんの家で見つけた、貴方の焼き菓子に付いたカード。

 「マリメラ婆さん、診察日は僧院へ来て下さると僕は嬉しいです」

 子供みたい、アザン、貴方は可愛い。

 私は貴方のカード付きの焼き菓子が本当に欲しかった。

 今回旅立つにあたって、貴方を道案内人にしました。貴方は国中を周って地理に詳しい。突然の天候の変化や、怪我や病気になった時の対処法も心得ている、でも、それ以上に、愛しい貴方の存在が、私を死者の国から、この苦しみの多いこの生者の国へ呼び戻してくれることに期待をしました。

 この手紙をロリス僧長に預けます。私が死者の国から戻ってこられなかった時に、貴方に見せて頂くように頼みました。

 私が死者の国から帰ってこなくても、もう、貴方は充分に役目を果たしたのです。

 愛しいアザン、貴方の幸せを願っています。

 

                   エルマー国王女 パーシア

 

 ルージェンが出立した後、夜が明けた城にロリスが馬で駆けつけた。

 朝の身支度をするパルミ王妃の部屋で、二人の女は安堵したような微笑を交わした。

 ロリスが言った。

 「アザンには、強くて明るい生命力を感じます。ルージェンを死者の国まで導き、連れて帰ってくれるでしょう」