今夜は満月で、月の光の下、服の色まで識別出来るくらい明るかった。
庭の奥のベンチに座っているルージェンの後姿はすぐに見つかった。アザンはそっと近づいてルージェンの横顔を覗きこんで声をかけようとした。
ルージェンは真っ直ぐ前を見ながら泣いていた。声もたてずに目に溢れた涙がいく筋も頬を濡らして流れていく。声をかけることはできずにアザンは僧院へ戻った。空きベッドの毛布を掴むと再びルージェンの元へ行った。
「王子、今晩は冷えます。どうかこれを」
背後からルージェンの背中を包むと、アザンはすでに霜が降りて湿っている芝生の上に腰を下ろして持ってきた三絃で亡きルジン王が好んだと聞いた曲を演奏した。夜空は晴れ渡り、月明かりは手紙でも読めそうなほど明るく照らす庭を三絃の音が響いた。
ふいに絃の音が止まった。
「どうした?」
ルージェンが座り込んでいるアザンの方を見た。
「すみません。指が寒さで痺れて上手く回りませんでした」
「馬鹿。何故自分の分の毛布は持って来ない」
「一枚しかなかったので」
「ここへ来い」
ルージェンが座っているアザンに手を差し伸べて、自分の隣に座るように促した。アザンは余りの寒さに素直にルージェンの命に従った。アザンがルージェンの隣に腰掛けると、毛布が半分アザンの肩に回ってきた。ルージェンの掌が冷たくなったアザンの指を包んでさすり始めた。
「王子、私は大丈夫ですから」
「気を使うな」
しばらく小刻みに震えていたアザンの身体は温まってきた。アザンの手を離してルージェンが言った。
「お前も飲むか、温まるぞ」
僧院の地下から出してきたワインをアザンに差し出した。
「いえ、僕は酒は飲みませんから」
「飲めないのか?」
「酒で自分の気分をごまかすのが嫌なのです。・・・王子はよく酒を嗜まれるのですか。酒の楽しみを知らない者は、人生の大きな楽しみを知らないと言われたことがありますが」
ルージェンは、ワインの瓶を逆さにして酒の残りを芝生に流してしまった。
「やけ酒は今日が始めてだ。酒は客人をもてなす時の付き合い程度だ」
「王子、もう中へ入りましょう。今夜は冷えます」
アザンが身体を支えて立たせようとすると、ルージェンは溜息をついた。
「立てぬ・・・。私のことは構わないでいい。ここで寝るから」
「風邪をひきますよ」
「風邪をひいて死んでしまいたい。私は何の役にも立たない・・・」
ルージェンが泣き出した。「アンシアが、行ってしまう」泣きながら瞳を閉じてベンチの上に横になってしまった。
「王子、ここで寝ては駄目です」
「うるさい、構うな」
仕方がなく、アザンはルージェンの身体を肩にかついで僧院の空いているベッドまで運んだ。一階の扉を開けてすぐのベッドが一つ空いていた。アザンは眠りこんでしまったルージェンの身体をそっとベッドの上に横たえた。首元の金具を外して、身体に纏わり付くマントを脱がせた。窓からの月明かりに青白く照らされた王子の首には喉仏の隆起はなかった。
酒で寝込んでしまったルージェンを見てマージルが言った。
「この王子は女だね。おそらく両性具有でなんでもない」
アザンは言った。
「王子が男だろうと女だろうと、僕には関係ない。お遣えする主人であることには代わりはないよ」
「アザン、お前、今夜はどうするんだい?城へ帰るのかい?」
「二階の子供達のベッドで空いてる所を探すよ」