僧院の近くの川を外れ、村落から離れた所に高い木々が聳え立つ小さな森がある。そこへ近づくと、アザンは馬を繋いで墓地を囲んだ柵の中へ入った。

 ルジン王の墓はどこにあるのか。墓地の中の墓はどれも農民や庶民の質素なものばかりだった。奥へ入って行くと少し小高くなった所に、尼僧の服を着て座り込んでいるルージェンの後姿があった。微動だにしないルージェンの後姿。自分に何が出来るのかとアザンは考える。一国の王子としての責任、課せられた義務の重圧は自分には理解出来ない。

 ルージェンの後ろに膝まづくとアザンは声をかけた。

 「王子、アザンです。ロリス僧長の命でお迎えに参りました」

 ルージェンが振り返ってアザンを見た。その顔には何の表情もなく空虚なものだった。

 「すまない、御苦労であった」

 そう言うと、再びルージェンはアザンに背を向けたまま、動かない。二人の間に沈黙が流れた。アザンはどうすればいいかわからない。しかし、墓地に来たのだし、ここに葬られた死者のために、鎮魂歌を奏でることにした。いつも懐に入れている横笛を取り出して、息を吹き入れた。

 森の周りの黄金の麦畑では農作業をしている農民達が点在している。秋のそよ風が墓地の中を吹き渡っていった。

 曲が終わると、ルージェンがアザンの方を見て言った。

 「精霊が風と舞っているような曲であった。有難う、アザン」

 「王子、何かお好きな曲はございますか、何かありましたら、申し付けて下さい」

 「ロリスが心配しているのであろう。・・・今日はここでサボろうと思っていたのに」ルージェンが立ち上がった。「帰ろう」

 ルージェンが立つと、背後のルジン王の墓が見えた。名前もなく、生年と没年のみ刻まれていて、庶民のものと代わりはなく、アザンは驚いた。ルジン王の治世の御蔭で、女もどんな職業にでもつけるようになった。夫がいない女は娼婦か魔女になるしかなかったのに、織物機械の発達によって女達に仕事が与えられて、売春も禁止された。賢王だと評判の王の墓が、民が誰も訪れない墓だとは・・・。

 「先王の墓がこれなのですか」

 「そうだ。意外そうな顔だな。王族は僧院の地下にある王家の墓に葬られるのが常なのだが、父王のたっての願いでここに葬られた。王族以外に、この墓が先王の墓だと知る者はいない」

 けげんそうなアザンの表情を見てルージェンが言った。

 「腑に落ちない顔をしているな。だが、私も死んだらここに葬られたい」

 ルージェンは墓地の出口に向かって歩き出しながらアザンに語った。

 「王族として葬られるのはごめんだ。死ぬ時くらいは自由の身になりたい。王族になんか生まれたくなかった」

アザンは何か考えこむような表情になった。彼はようやく重い口を開ける決心をした。

「でも、貴方は王子として生まれた。それは僕達貧しい民も一緒でしょう。人には宿命がある。生きていくにはそれを受け入れるしかないと母に言われて僕は育ちました」 

 

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