姉妹で何て話をするの、みっともない」パルミが諌めたが、ルージェンは言った。

 「いいのです、母上、アンジリーカと正直に話し合いたいから。アンジリーカに私の気持ちを知ってもらいたいから。母上にも」

 アンジリーカの瞳は、父王が思いを巡らせ、何かを決断する時、こんな残酷な目をしたのをルージェンに思い出させた。三人娘の中で最も父王に似た容姿の美しい妹だった。

 「アンジリーカ、人間は死を前にしたら、皆平等です。生きていた時与えられていたものを、死ぬ時全て返すのだから。与えられたものを自分のもののように誇るのは間違っています。貴方は王女としての生を与えられて、アザンは貧しい民として生まれただけです。確かに、賢いアンジリーカ、貴方の言う通りです。私がフリムに憧れを持っていたのは事実です。でも私はフリムに頼ろうと思ったことは一度もありません。彼の前でも私は男でした。彼は私が女だと知っているけれど、女として見ていないのを知っているから、彼の負担になりたくない。でも、アザンは私を大切にしてくれる。だから、私は始めてアザンの前では素直に女になれたのです。彼なら、信頼できるから。彼に甘えることも出来る。でも、私は誓います。アザンとは一緒にならない。妹二人を犠牲にして、自分だけ好きな人と一緒になろうとは思わない。彼は僧院の仕事になくてはならない人です。西カリムで魔術師達の居場所が分かったら、私は一人で死者の国へ行きます。」

 アンジリーカは長年王子の姿をしてきた姉を見つめながら、しばらく無言だった。

姉妹が話す部屋には、薄布に隠れて大きなベッドが置いてある。

昔、両親のベッドで遊んでいるうちに眠ってしまったアンジリーカが、父王が夜が明けていない暗い部屋でガウンを羽織っているのに、目覚めて気が付いた。母のパルミはまだ眠っている。

 「一緒に来るかい?アンジリーカ」

 眠い目をこすりながら、幼いアンジリーカは言った。

 「嫌、図書館は暗くて寂しいわ。あそこは嫌い」ドアの向こうへ去って行く時、自分を見た父の優しい笑顔。「お前は特別な娘だよ」よくそう言ってくれた。ルージェンやアンシアに悪いほど、末娘のアンジリーカを溺愛した。

 父王ともっと話をすれば良かった。胸を押さえて苦しむ発作が増えて、突然逝ってしまった。3歳年上だった兄のルージェンの死因も同じだった。「心臓という臓器の機能不全」だと薬師が言っていた。

 アンジリーカが口を開いた。

 「私もルジン王の娘です。この国のため・・・いいえ、父王のためにライモンと一緒になってもいいいわ。父王は、遺言で、王族として生まれたら、民に尽くすべきだといわれていたから。ただし、ライモンがこの国の王としてふさわしいか、試させてもらうわ。アンシアが望むように、バルモ王子の王位継承権を捨てさせて、この国へ来ることを、ミシュナ国の摂政の公爵と話し合いが出来たら。それこそ、フリムでも出来ないことよ。ライモンでしか成し遂げることが出来ないこと。私はライモンに賭けてみるわ。そうね、アンシアをミシュナ国へ送りがてら、新王として、私はその婚約者としてミシュナ国へ渡りましょうか。エルマー国の新王なら、ミシュナ国も相応の礼儀を尽くしていい筈よ。ついでに、姿を見せないカリモ王子もどんな方か見てくるわ」

 「アンジリーカ、殿方を試すなんて無礼なことをしてはいけません。ライモンは許してくれても、ルゴス卿が怒られますよ。世間知らずにもほどがあると。ミシュナ国へは、兄王が死んでから、わたくしでさえ渡れなくなったのは、貴方も知っているでしょう。それをライモンが新王になったからと挨拶に行って、その上、バルモ王子とアンシアのことまで干渉することは、無理です」

 「お母様、父王が生きていらしても、ライモンが王としてふさわしいか試された筈です。女に出来ないことをしてこそ、男の役割があるのではありませんか。私はルージェンみたいに男に頼らないなんて意地は張らないわ。ライモンがこの国の王にふさわしいのなら、私は彼と結婚します」

 「母上、アンジリーカがこの国の政治に加わってくれるなんて素晴らしいことです。アンジリーカの意向はルゴス卿とライモンに伝えてみましょう」ルージェンは気丈な妹を見て言った。「アンジリーカ、この国を守れるのは、海から攻めてくる敵から守れるのは、海を知り尽くしたライモンしかいません。ライモンに喜びを与えられるのは貴方だけ。私でも、他の誰でも代わることは出来ません。どうか、ライモンを支えて、幸せにしてあげて、アンジリーカ」

 アンジリーカはルージェンに視線も移さず言った。 「じゃ、これで話は終わり?もういいのね。私はアンシアに話があるから」アンジリーカは出て行った。

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