「つまらないわ」

 アンジリーカが朝食の席で言った。

 いつもなら従兄弟のライモンは面白い話をして笑わせてくれるのに、今朝は珍しくライモンが無言で食事をしている。

「ライモン、貴方らしくないわ。何か話をしてよ」

 アンジリーカときたら、と昨夜は城の泊まったルージェンは思う。フリムが加わる食事の席では、彼の話に聞きほれているくせに、ライモンが相手だと、二人して馬鹿な話ばかりして大きな口を開けて笑っているのだ。

 ライモンはアンジリーカの方は見ようともせずに言った。

 「私らしくないって、アンジリーカ、君は私を理解しているのか、君のご機嫌をとるために私はこの城にいるわけではない」すねて責めるような口調でもなく、平然と言ってのけた。

 突然、ライモンとの9歳の年の差を感じて怖くなったアンジリーカは、口を閉ざしてしまった。アザンも驚いてライモンを見ていた。

 ライモンは昨夜、ルージェンとパルミが客室を去った後、中庭での宴から帰ってきたルゴス卿に笑われたのだ。ルゴスは、妻のシューリーから事の顛末を聞いて笑い飛ばした。

 「女にいいようにあしらわれるとは、お前もまだまだ子供だな。お前の恋敵、フリムという青年と話をしてわかった」少し間を置いて、息子の反応を見ながら厳かに言った。「アンジリーカみたいな娘は、自分の意のままにならない男に目がいくものだ。あの子は、簡単に手に入るものには飽きてしまうぞ」

 パルミの声がアンジリーカにさらに追い討ちをかけた。

 「アンジリーカ、今日の昼は早めにすませてね。わたくしとルージェンから昼食後話があります」

 昼食後の母の呼び出しが良い話だったことは一度もない。

 「はい、お母様」

 敏い14歳の娘は急いで防衛線を張り巡らすため考えこんだ。

 

 ライモンは昼食にも姿を見せなかった。アンジリーカにとってライモンが理解出来ない行動をとるのは初めてだった。

 母とルージェンの後に付いて食堂を出ると、パルミの居室へ入った。

  三人共腰掛けてから、母のパルミが言った。「アンジリーカ、これから貴方にいくつか質問をします。貴方はこの国の王の娘ですから、将来を確認しておきたいのです」

 アンジリーカも戦闘開始の準備をした。

 「アンジリーカ、今のこの国の現状は分かっていますね。姉のアンシアが実質上人質としてミシュナ国へ行かねばならないのを、どう思っていますか」

 「代われるものなら私が代わって上げたいわ。もっともアンシアは代わって欲しくないだろうけど。バルモを私にとられたくない筈だから。ミシュナ国はわが国が従わなければ、戦でも起こす気なのでしょう。戦に勝つ自信があるから無理を言ってくるのよ。」 

   「そうね、アンジリーカ、わたくしもそう思うわ。では、わが国はどう動けばいいと思いますか」

 「わが国がミシュナ国の言いなりにならなければならないのは、シャリム国やジェンナ国と貿易をするにも、ミシュナの海域を通らなければならないからよ。ライモンが言っていたように、遠くなっても、ミシュナの海域を通らなくてもすむ航路を探して、シャリム国や、ジェンナ国と親交を深めるべきだわ」

 「賢いアンジリーカ、将来どうしたいか、聞かせて頂だい」

 「私はフリムが好きなの。彼は、いずれ、この国の知識の宮として、この国に、学校や図書館を建設していくわ。私は彼に付いて、この国を周り、彼の仕事の補佐をしたいの」

 「常々、こんなモルドーの田舎町退屈だと言っている貴方が、この街より未開の土地へ行くのよ、大丈夫ですか。異国へ行きたいという貴方の夢は?」

 「フリムがいれば、退屈ではないの。私は彼のためなら何でも出来る」

 「貴方は本を読むより、行動して自分で体験するほうが好きでしょう。フリムとは話が合うの?」

 「私は余り本を読まないから・・・その点はフリムと話が合わないけれど」

 「そんなことでフリムの仕事を手伝うことが出来るの?」

 「お母様、私には行動力があるわ、フリムが望むように、この国を二人で周って、学校を建てるわ」

 「フリムはその事について何て言っているの」

 アンジリーカの胸に哀しみがあふれた。母の居室は、父王が生きていた頃、晩酌で少し酔った父が、幼い娘達の相手をしてくれる場所だった。息切れがしやすく、弟のルゴス卿のように体が丈夫ではなかった父王は、大きなベッドに横になり、娘達をあやしてくれた。父王は、夜明け前に起きて、図書館に籠ってしまう人だった。

 父王に会いたい、そんなことを考えながら、アンジリーカは返事した。「フリムは私が言うことを笑うのよ、馬鹿にしているみたい、失礼よ、フリムは」

 妹の声に哀しみが感じ取れたが、あえてルージェンは言った。

 「フリムが好きなのは貴方ではないと分かっているでしょう、アンジリーカ」

 「でも、サミュンは、フリムのこと何とも思っていないって」

 「いつまでもサミュンの好意に甘えていては駄目、アンジリーカ。彼女がいつも遠慮しているのを知っているくせに。私はじきに旅立ちます。それにアンシアもこの城から居なくなる。貴方はいつまででも、妹として甘えていては駄目でしょう」

 母のパルミが言った。

 「自分に気のない男を追うなんて、賢い貴方らしくないわ」

 アンジリーカの空色の瞳が冷めた、残酷なものに変化した。

 「私が知らないとでも思っているの、ルージェン。貴方もフリムに好意を持っているくせに。フリムを前にすると、ことさら無口になるくせに。それなのに、あんな貧弱なアザンを供に連れて行くなんて。もっと自分に正直になればいいのよ」


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