第三章 始まり
死者の国へ行く二人が惹かれ合う始まり
「母さん」 アザンが馬から降りて僧院の庭にある井戸から水を汲んでいるマージルに声をかけた。 「僕がやるよ」
「お願いするよ、助かった」マージルが僧院へ来て一ヶ月が過ぎた。 「サホン卿が今朝早くに正装して出て行ったけど、城で何かあったのかい」
「あったも何も、昨日の夜、ルゴス卿が来たんだ」
「ルゴス卿って誰さ」
「あきれたな、母さん。ルゴス卿はこの国の政治を動かしているんだぜ。亡きルジン王に代わって摂政をしている方だよ。ルゴス卿の妃のシューリー妃と一人息子のライモンまで来て。今朝も、パルミ王妃とルージェン王子は朝食にも出ず、すぐに王族会議が始まったらしいんだ。午前中の授業も昼食も不在で、よほど何かあったらしいな」
アザンとマージルが話し合っていると、門を走り抜けて、ルージェンが愛馬から降りたった。門番に馬の手綱を預けて、呆然と見ている二人に会釈だけして僧院の階段を上がって行った。
「今日は狩へ出る日なのに」アザンが不思議に思っていると、尼僧のパラムという少女が馬に乗って帰って来た。 彼女は慌てた表情でアザン声をかけてきた。
「アザン、大変。トラムじいさんが倉庫の二階から落ちたのよ。今、シェイン先生がついているけど、骨を折っているみたい」 パラムの声に応えたのは、階段を降りて来たル‐ジェンだった。王子が黒いベールに黒い尼僧の服を着ていた。
「パラム、私が行って見て来る。貴方は薬を届ける仕事を続けて」ルージェンの短い髪はベールで覆われて、別人のような印象だった。しかし、再び愛馬に飛び乗り、自在に馬を操り最速力で走らせる機敏な行動は、確かにルージェンだった。
その姿を見送るマージルが言った。 「本当に両性具有の王子みたいだね」
アザンは何も言えない。ルージェン王子は来月には18歳の成人式を迎えるのに、まだ声変わりもしていない。半陰陽だと噂するのを、街で聞いたこともあった。