「僕も僧院の子供達と同じ、両親を亡くして親戚をたらい回しされました。辛くて、7歳の時村に来た音楽師達の馬車に隠れて村を出ました。幸い、楽団の賄い婦として働いていた母に育てられたけど、国のあちこちを廻ると、見たくもないような現実を見ざる得なかった。王子、貴方はこの国の王として民が生きている現実を見たいとは、思われませんか」
「私は王にはならない。次代の王は従兄弟のライモンがなる。アザン、お前もライモンと共に過ごす時間を持てばすぐにわかる。ライモンの王としての器は私よりはるかに上だ」
二人はアザンの馬のフルーの前に来た。ルージェンが馬の顔の手をやって笑った。
「フルー、アザンはどうだ?お前にとって良い飼い主か」
「フルーは気性が穏やかで有難いですよ」
「私が前に乗る」
ルージェンの後ろからアザンが手綱を握ることになった。馬は早足で駆け出した。
二人は夕日に照らされた麦畑の中を、僧院へと向かった。尼僧の服を着ているルージェンは女にしか見えなかった。顔立ちの美しさでは、二人の妹には及ばないが、凛然とした気品があった。アザンは異性を前にした時のようなときめきを覚える自分に戸惑いながらも聞いた。
「今日は狩に行かなかったのですね」
「ライモンが城に半月滞在する。その間狩や軍事訓練の指揮は彼に任せる。いかにライモンが王として適任か知ってもらうためだ。その間私は僧院の手伝いに来るから」
しばらく二人の間で沈黙が続いた。ルージェンがやっと口を開いた。
「アザン、お前の言う通りだな。私は近く、旅に出る。お前が言うように、この国の民の生活をこの目で見ようと思う。私は死者の国へ行くんだ」
「死者の国?」
「賢者の森の魔術師達が案内してくれる死者の国へ行って、帰ってくることが出来たら、癒しの技術を授かることが出来る。私は不治の病の痛みに苦しむ者に効く薬を探しているのだ。それを持ち帰って、この国に広めたいと思っている」
アザンも僧院で働いている時、尼僧達から聞いたことがある。
ルジン王の姉、アザリア王女は5年前、死者の国へ旅立って、癒しの技術を持ち帰ろうとしたが、帰って来ることが出来なかったのだ。
地平線に大きな夕日がかかって、麦畑を金赤色に照らす頃に二人は僧院へ着いた。
アザンは一人城へ帰った。
今夜の夕食もパルミ王妃とルージェンは欠席、客人のルゴス卿とシューリー妃、ライモンと会議を続けているのだろう。