「死が逃れられない定めならば、生には選択と可能性がある。死がゲームオーバーなら、死にはチャンスがある。死が中断なら、生には継続と成長がある。フリムは、人との絆や、自分の行動を拡大して可能性やチャンスを追求して成長することが、死の誘惑から逃れられる道ではないかと言ったのだ。もし、死が闇だったら、太陽みたいな明るさや陽気さがないと生きていくのは辛いものだろう。だけど・・・死が永遠の休息で、死が自由だったら、生は義務だ。アザン、お前だって、今日一日が又始まると思うと、永久の安息が欲しくないか?死は平等だが、生は競争だからな」

「永遠は嫌です。ずっと寝ていろと言われたら僕は耐えられません」

「そうか、私はずっと寝ていたい」

 「怠け者の王子ですね」

 「私は怠け者だよ」そう言ってルージェンは笑った。これがロリス僧長が言った「王子の気鬱の病」なのかとアザンは感じた。

 「死は意識がないけど、生は自分の意志です。ルージェン、王族として貴方は自分の意志を持つことが許されなかったから、そんなことを仰るのですか?どうか・・・僕は貴方に御願いがございます」

 改めてアザンが言うのでルージェンも構えた。「何だ」

 「ルージェン、死者の顔は無表情です。生には怒りや悲しみがあるけど、喜びや笑顔もあります。もっと貴方に自然な笑顔が訪れますように。死が忘却なら生は記憶の重なりです。死の忘却は、私達がこうしてここで生きていた時間さえ、消し去るでしょう。でも、こうして生きている今は記憶の連続です。どうか貴方が少しでも楽しい記憶を抱いて、定めがきた時死を受け入れて欲しい。そう僕は願います」アザンは出来るものならば、ルージェンと二人で思い出となる記憶を作り上げて行きたかった。

  「アザン、お前に会えて私は幸せだ」穏やかな顔でルージェンは言うと瞳を閉じた。

 小屋の外ではまだ激しい雨と風が吹き荒ぶ音が続いていた。

 「寒くなってきたな」ルージェンが暖かい囲炉裏の前でも、寝袋を身体に巻きつけて言った。

 「寒気がするんですか」

 「寒い・・・」

 悪寒がする時は熱が上昇する前兆だと聞いている。先程の解熱剤では効果がなかったのか、アザンはルージェンの傍らへ行くと、背後から寝袋に包まるルージェンの背中をマッサージした。自分の体温で温めようとするアザンに、ルージェンが冷えた素足だけ絡ませてきた。

 「昔話でもしましょうか」

 「どんな話?」

 「昔、エルマー国にルージェンと言う王子がいました」

 「馬鹿」

 「彼は勇敢な上に病人を労る優しい王子でした。ある日王子は病人の世話をするために、貧しい男を雇いました。身分も卑しいその男に、王子は学問をさせ、対等な人間として接しました。王子は国民の誰に対しても、驕ることなく平等に接する高貴な人柄でした」

 「アザンの馬鹿」

 「口が悪いのが王子の欠点でした。最近分かったのは、意外に短気だということです」

 「おまけに嫉妬深い」ルージェンが小声でつけ加えた。

 焚き火と重ね合う肌の温かさにアザンの体は弛緩してきた。彼の瞼の上にも、眠りが訪れて来た。ふと気付くと眠っていたようだった。体の疲れも軽くなり、深く眠った熟睡感があった。アザンは夢精をしていた。ルージェンに気付かれないように、少し下半身を離した。彼女の額に手を当てると、熱は下がっていたが、かなり汗ばんでいた。熱が下がった後の汗だろう。

 囲炉裏の近くに干した自分の服を手に取ると、アザンは寝袋から着替えを始めた。

 小屋の戸を開けるて外を見ると、雨風は止んで、雲の間から北極星も出ていた。

 「アザン、どうした」

 「もうすぐ夜明けです。今日は快晴でしょう。僕は一足先に西カリムの漁村に行って、馬車を呼んで来ますから」

 「そんな必要ない」

 「今は下がったけど、また熱が上がるかも知れない。早く薬師に診てもらって、宿場街でゆっくり休んだ方がいい」旅廻りの仲間で、高熱で命を落とした仲間をアザンは思い出していた。

 「もうすぐ夜明けなら、一緒に出よう」

 「大丈夫、西方へ向かえばすぐに海へ出ます」

 「途中で狼が出たら?」

 「後一時間もしないうちに空が明るくなります」

 「この近くに沼地があると農夫が言っていた」

 「沼地に入りこまないよう、僕は旅で慣れています」

 「私も一緒に・・・」ルージェンが起き上がった。アザンはすでに剣を鞘に入れてフルーを引き連れて小屋の戸口へ向かった。

 「アザン、ここに居なさい。命令だ。わざわざ死ぬ危険は冒す馬鹿はするな」

 「僕を信じて、ルージェン。必ず、朝の光と一緒に帰ってきますよ」

 アザンを見上げるルージェンは真剣な眼差しだった。

 「アザンが死んだら・・・私は生きていたくない」

 王子の言葉ではなく、一人の娘の声だった。アザンの驚いた表情は、泣きそうな笑顔に変わった。ルージェンは娘でも、王女なのだ。自分に手が届く相手ではなかった。

 「大丈夫だから、いい子でお留守番していて下さい」

 「馬鹿!子供扱いするな」戸を閉めて出て行くアザンに怒鳴るが、もう声も届かない。

 アザンは海の方角を目指して馬を走らせた。空が白んで来て、地平線に朝日が昇った。

 小屋の周りのすっかり明るくなった頃、アザンが馬車を引く御者と供に小屋へ帰って来た。ルージェンはすでに乾いた服に着替えていた。ルージェンがアザンを睨みつけた。

 「アザン、今後、一切私の命令を無視して勝手な行動は取るな」

 「はい、王子。お腹は空いていませんか。美味しい食事も持ってきましたよ。お腹が空くと腹も立つみたいですからね」

 「お前と言う奴は・・・」 

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