城の食堂では、パルミ、シューリー、アンシア、アンジリーカの女達だけが食事をして話し合っていた。

「わたくしが来た頃は、まだ貴族がいてよく意地悪をされて泣いたものです」

パルミの言葉に、アンジリーカはまた母の苦労話が始まったと内心思う。パルミが嫁いで来た頃は、ミシュナとエルマー両国の国交が開かれて日が浅く、パルミはエルマーの言葉を学んだことがなかった。

「夫の父、ラルス王の兄弟達が貴族の称号を持っていたのは、夫の代になってから貴族制が廃止されて。ルジン王は叔父や叔母に遺産を分けて、裕福な商人にした。毎月開かれていた夜会もなくなり、この城から華やかさはなくなったけれど、うわべだけの社交に悩まされることなく、わたくしは自分の手で子供達を育てることが出来て幸せでした」

シューリーも同意して頷いた。

「本当に、パルミ様、ルジン王は立派な方でした。他の国では、第二、第三夫人や、愛妾達の子供達が王位継承争いをしています。その上、乳母になる女の家柄は貴族と決まっているから、王子の後見人となる貴族が兄弟間の不和の元になっています。」

「命を大切にするのよ、アンシア。必ず、この国へ帰って来なさい」

「わかっています。お母様。私達はカリモ王子や貴族達の権力争いに巻き込まれたくありません。私はバルモに王位継承権を捨てさせて、この国へ戻ってきます」

「兄王を暗殺した公爵がカリモ王子を操って権勢をほしいままにしている。カリモは叔母のわたくしにさえ会おうとしない」

アンシアが言った。

「バルモの話では、彼でさえ兄のカリモ王子を見たことがないそうだから。夜になると墓場をうろつくらしいけど、悪いことを企むような人ではないらしいわ」

「一度カリモに会わなければ」パルミが強い口調で言った。

「お母様、暗い話ばかりしてはアンシアが可哀想よ。多分、ミシュナの王国でも、アンシアが作ったドレスは評判になるわ。ミシュナ国では毎晩貴族の館で夜会があるらしいじゃない。楽しいこともある筈よ。私も、ミシュナしか行ったことがない。もっと、他の国へも行ってみたいわ」

「アンジリーカ、もし貴方が異国へ嫁いだら、自分の夫を、他の女性と共有しなければならないのよ」アンシアが諌めるように言った。

「アンシアはバルモに一夫多妻は許さないのよね。やきもち焼きなんだから」

「アンジリーカ、貴方はまだ何もわかっていない。ミシュナの王宮では毒殺は珍しくないのよ。わたくしの兄弟姉妹だって何人死んでいるか。いくらこの国のためとはいえ、殺されに行くような国へ娘を嫁がせなければならないなんて」

パルミの暗い気分を変えようと、アンジリーカが立ち上がった。

「お母様、ルージェンとサミュンの成人式のために私、踊りを披露しようと思っているの」そう言って音楽もないのにアンジリーカは一人で身体を動かし始めた。

その時、ライモンを連れたルージェンが食堂の扉を開けた。

天井の照明の光で金色の髪は輝き、細くしなやかな腕や足が自在に動いている。顔には、踊る時自然に浮かぶ笑みがあった。妹のこんな無邪気な様子はしばらく見ることが出来ないかもしれないとルージェンは思った。もっとも、幼い頃から自分に好意を示す男達を翻弄する彼女を知っているので、フリムのことも早くに立ち直るだろうと思う。むしろ、アンジリーカが、ライモンを夫として敬い、支えて幸せな家庭を築くだけの貞淑さがあるかどうかの方が心配だった。

「アンジリーカ、わたくしは踊って見せろとは言っていません。ここは踊りの練習場ではないのですから。本当に、貴方ときたら、勝手気ままなんだから」

そう言ってパルミが目尻の涙を拭くのを見ると、アンジリーカは動きを止めて、「アンシアが嫁ぐからって情緒不安定なお母様、うんざりよ」ため息を残して食堂を去った。

 

 ライモン、ルージェンは二人のそれぞれの母親と共に、客人が泊まる広い部屋へ移った。

部屋に入るとすぐにライモンが言った。

「私の結婚の話はまだ急がなくていいと父上が言ったではありませんか」

長椅子に腰を降ろしたシューリーが息子に言った。

「貴方の父上が言わないから、わたくしがはっきり言います。誰よりも貴方の父上が心配されているのです。ジェンナ国の血を半分引く貴方がこの国の王として国民に受け入れられるかどうか。亡きルジン王の娘、アンジリーカが貴方の妻になれば国民も納得するでしょう。うるさい元貴族の商人もね」

「彼女はまだ14歳ですよ。私とは9歳も年が違う」ライモンが言うと、パルミが口を開いた。

「わたくしがこの国へ嫁いできたのは12歳の時です。夫のルジン王は10歳年上でした。アンジリーカはまだ幼いけれど、教師達も言っているのです。あの子には商才があると。あの子の社交性と数字に強い商才を貴方の広い見識で伸ばしてやって欲しいのですよ、ライモン。わたくしはもう、自分の娘を異国に嫁がせるには嫌です。貴方がアンジリーカと結婚してくれなければ、いずれ異国の王子達が自国の利益のために求婚してくるでしょう」

「アンジリーカはフリムが好きなんですよ」ライモンが反論した。

「確かに、ライモン。フリムは亡き王の意向を継いで、この国に学校、図書館を広めて優れた人材を育ててくれると、わたくしも、サホン卿も期待しています。でも、王としては貴方の育ちには叶いません。貴方は生まれた時から父上のルゴス卿からこの国を守るように育てられた人です。辛い航海を何度もこなしてきた経験はフリムにはないのですから。アンジリーカも王の娘です、この国を守るのはあの子の器量とライモン、貴方しかいないことを理解出来る筈です。どうかあの子を導き、守ってください。良き夫としてあの子を幸せにしてやって下さい」

最後は嗚咽になってパルミは両手で顔を覆った。シューリーが泣いているパルミの肩に腕を回して言った。「ライモン、貴方はアンジリーカに拒絶されるのが怖いのでしょう。すぐに結婚しろとは言っていません。まず婚約して、その間に彼女の心を自分の方へ向けなさい。それぐらい出来ないのですか」

ルージェンは昔、母が泣いては父王を黙らせていたのを思い出していた。しかし、ライモンはそれなりに感動している容子なので、話はまとまりそうだと思った。

泣きながらパルミが続ける。「アンジリーカは誰からも愛される宝石のような娘です。勿論、時にはまだ幼いあの子の未熟さが貴方を苛立たせることがあるかもしれません」

ライモンは泣いているパルミの元に跪いて言った。

「アンジリーカを妻に迎えられたら、私は幸せ者です。でも、彼女の幸せを考えると・・・」

「ライモン、あの子なりに犠牲を払って貴方に嫁いでいくのです。どんなことがあってもあの子を幸せにすると、誓って下さい」

いつもはめったに感情をださないパルミの気迫に押されたライモンは言った。

「誓います、王妃様。私は自分の幸せより彼女の幸せを願える男になります」

次はアンジリーカを説得する番だった。アンジリーカに泣き落としは効かない。

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