思わず笑ってしまったルージェンに女がベッドメイキングをしながら尋ねた。

 「お嬢さん、誰からですか」

 「妹からです」

 「そう、良かったね、さて、済んだ。でも、冷たい雨が降っているから、少しくらいほこりがたっても、窓は開けない方がいいね。この季節の海風はとても冷たいの。また貴方の熱が上がってしまう」

 ルージェンは女に礼を言った。

 「有難うございました。もし良かったら、ここに有る物を召し上がって少しでも休んでいって下さい。私はまだ食べられないのです」そう言ってベッドへ入った。テーブルの上には、美しく装飾された菓子や、果物が置かれてあった。

 「まあ、本当にいいの、嬉しい。これ、この町に一軒だけある菓子屋のよね。私、この店の前を通る度に食べてみたいなって思っていたの。それに、果物なんてめったに食べられやしない」

 「どうぞ、ご遠慮されずに。私はまだ食欲がないのに、従者が勝手に買ってきたのです」

 女は椅子に座って言った。「じゃあ、戴くわね」そして、テーブルに飾ってある、冬の樹木に咲く赤い花の一輪挿しを見て聞いた。「この花、貴方の従者が昨日手折ってきたのよね。貴方は多分、すごいお金持ちのお嬢様なんでしょう。どうしてこんな海産物だけが名物の町へきたの?」

 「会わなければならない人が居て来たのです」

 「そう・・・。ごめんなさい、私はてっきり貴方達駆け落ちして来たのかと思っていたのよ」

 「まさか、そんな関係ではありません。私はルージェンと言います。従者の名はアザン。貴方のお名前は?」

 「ベイラよ」

 美味しそうに菓子を食べ始めたベイラは、アンシアよりも年上のように見える。

 次に彼女は果物の皮を手でむきながら、窓を見て言った。

 「私はこの部屋からの眺めが大好きなの。晴れた日は特に綺麗に海が見えるから。私の旦那はね、結婚して三ヶ月で海で死んでしまいました」

 「お気の毒に」

  「三ヶ月だけの結婚生活だったから、彼はいい思い出だけを残してくれた。御蔭で私は四年も経つのに彼のことが忘れられない」

 しばらく窓の外の雨音だけが聞こえた。ルージェンは思い切って尋ねることにした。

 「ベイラ、教えて欲しいことがあります。私は結婚はおろか、殿方と付き合ったこともありません。私、好きな人がいます。以前は特に意識していなかったのに、今はその人を前にすると、身体が硬くなって、どう話せばいいのか、自然に振舞えないのです。彼に、愛想のない言葉しか言えなくて。彼を傷つけてしまう」

 ベイラが笑った。「お嬢さん、あんたみたいなおぼこい娘は、好きな男にだけのぼせちゃ駄目だよ。男の友人の一人として付き合いな。長く付き合わないと人なんてわからないよ。返って変に意識して好きな男にしがみつくと、大方の男は嫌になるものらしい。母さんがそう言っていた。でも、私も人のことは言えないんだ」ため息をつくようにベイラは言った。

 「あたしはね、この宿で両親の元で働いているの。兄夫婦もいるし、働き手が足りないわけじゃない。両親が昨日も紹介してくれた人に会ってみたんだ。でも、これで三度目。まだ、相手と死んだ夫と比べてしまう。何故、目の前にいる人があの人じゃないんだろうかって。それで、相手の人に意地悪なことをしてしまった」

 ベイラは自嘲気味に笑った。

 「でも、もう、いい加減、あの人のことは忘れる。新しく愛せる人を探すわ」

 その時、階段の下で男の声がした。

 「ベイラ、そこにいるのか、おい、頼むぞ」

 ベイラは急いで果物の皮や、代えたシーツを籠の中に入れながら、返事した。

 「今行くよ。お嬢さん、下が昼の準備で忙しくなるんだ」

 ルージェンは言った。「とてもいい話を聞かせてもらったお礼です。私は食べないので、良ければ残りの物も持って行って下さい」

 「そう、じゃあ、有難く戴くね。ねえ、お嬢さん、好きな人がいたらその人と結ばれなよ。相手だってこっちだって人間さ、お互いいつ死ぬかわからないんだから」

 そういい残してベイラは部屋を退出した。

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